大徳寺大慈院

大慈院 | 大徳寺 | 歴史

大徳寺の歴史

大徳寺のあゆみ

歴史


大燈国師により開かれる

 大徳寺を開かれた大燈国師(宗峰妙超)は弘安5年(1282元寇の翌年)、現在の兵庫県たつの市に生まれられました。11歳で西の比叡山と呼ばれる書写山円教寺に登って仏教学を修められます。17歳で修行を重んじる禅の道にはいり26歳で師匠の大応国師(南浦紹明)から悟りを認められます。さらに鴨川の五条橋あたりの乞食隊裡にまぎれての悟後の修行をされたのち、34歳で京都洛北の紫野の地の小庵に移り住まれ、これが現在の大徳寺の原点となります。

室町時代

 元弘 3年( 1333)に後醍醐天皇から、建武 4年( 1337)には花園法皇からの宸翰をもって本朝無双の禅苑として、南禅寺と並ぶ高い寺位をあたえられますが、やがて五山制度をはなれ独自の道を歩むことになります。
 

戦国時代

 下克上の戦国時代には守護大名の力が弱まり、外護を受けていた五山寺院の勢力は弱まりますが、大徳寺僧は新興勢力の戦国大名や商人に積極的に禅を広め、現在の大徳寺に繋がってゆきます。