大徳寺大慈院

大慈院 | 大徳寺 | 境内

大徳寺の境内

大徳寺境内の諸施設

仏殿

ぶつでん

釈迦如来を安置する建物

仏殿 本尊は釈迦如来。115日には僧侶が集まり諷経されている。寛文4年(1664)京都の豪商・那波常有によって再建された。

法堂

はっとう

かつて禅問答が行われた建物

寛永13年(1636)小田原城主・稲葉正勝の遺命によりその子稲葉正則が再建。

三門(金毛閣)

さんもん(きんもうかく)

千利休ゆかりの建物

大永6年(1526)連歌師宗長により一階部分が落成され、さらに天正17年(1589)千利休により二階建に増築された。昭和46年解体修復される。

勅使門 

ちょくしもん

勅使が通る門

寛永17年(1640)御所の陽明門を下賜される。

寝堂

しんどう

応接間として使われた場所

寝堂 寛永7年益田元祥再建

方丈

ほうじょう

住職の生活の場所

寛永13年(1636)京都の豪商後藤益勝により寄進された。一休和尚の時代堺の豪商尾和宗臨によって寄進された旧方丈は現在庫裏(受付・台所など)となっている。

唐門

からもん

中国風の門

旧聚楽第の遺構。大慈院を創建した村上周防守が豊臣秀吉より拝領し明治時代までは三門の西の大慈院の入口あたりにあったが、明治時代方丈の唐門(明智光秀寄進)は南禅寺に売却されたので、現在地に移築された。

経蔵

きょうぞう

お経を入れておく場所

寛永13年(1636)京都の豪商那波宗旦父の遺志により建立。

鐘楼

しょうろう

寺の鐘

現在も毎夕撞かれている。除夜の鐘も。

浴室

よくしつ

寺の風呂

元和8年(1622)灰屋紹由再建

明月橋

めいげつきょう

寺の橋

仏殿・法堂を結ぶ架橋。

官池

かんち

寺の池

建武2年(1335)後醍醐天皇が大徳寺に行幸された折、天皇随侍の諸官も加わって土運びをしたため「官池」と名付けられた。

梅橋

うめばし

官池の石橋