大徳寺大慈院

大慈院 | 紹介

大慈院の概略

大慈院は天叔宗眼により建立されました

大慈院とは

大慈院は臨済宗大徳寺の塔頭寺院です。
安土桃山時代の天正13年(1585)に、織田信長の姉の安養院(尾張・犬山城)、大友宗麟の姉の見性院、村上周防守(加賀・小松城→越後・村上城)、山口左馬(加賀・大聖寺城)らによって創建されました。
また立花宗茂(筑後・柳川城)が大慈院子院の碧玉庵を創建しました。(明治維新後に廃絶)
長谷川等伯筆・花鳥山水図襖や雲谷等益筆山水図襖がありましたが、明治維新後に散逸しました。大徳寺本坊にある国宝唐門はもと大慈院の門でしたが、明治維新後に移築されたものです。

 
 
 

正門への小路

 

大慈院の歴史

大慈院年表
1585年

安養院、見性院、村上周防守、山口左馬らによって創建される。

1591年

天叔宗眼(てんしゅく-そうげん)を開祖とする。

1570から1658年

藍溪宗瑛(らんけい-そうえい)の時、金屋宗知は昭堂を建立した。左京亮は池泉を整備し、廟を建てる。

1830年

文政の大地震により倒壊する。

1928年

実業家・山口玄洞は、芦屋の茶室「頓庵」を移す。

住職あいさつ

禅のこころとは

住職戸田惺山よりみなさまへ

禅のこころとは
海にたとえると、喜怒哀楽や考えごとの波で心はいつも波だっています。空から海を見ると、白い波だけが見えます。この波が自分という意識です。坐禅をして波がおだやかになり、鏡のように海面が真っ平らになるのを「無」といいます。自分を忘れた瞬間です。すると今まで見えなかった海中の世界があることがわかります。今までは自分が生きていると思っていたのが、実際に生きているのは海中の世界で、自分はその上にのっている波だったのです。
大病を乗り越えられた方が、「生かされているのがわかった」とおっしゃるのと同じです。私たちのこころを救ってくれるものは、自分自身の奥底にあるのです。観音さまは遠いどこかにおられるのではなくて、自分自身の中にある自分を救ってくれる働きのことだったのです。
何もせず、ただじっと坐っているのが坐禅です。考えようによってはこんなにつまらないこともありません。しかし日本人は何百年も坐禅を大切にしてきました。大慈院開祖・天叔宗眼和尚は下克上の時代の戦国武将や商人に坐禅の大切さ説き、勧めました。不安の時代を生きる現代人にも禅の心は大切だと思います。禅を通じて、みなさんが自分自身の人生を納得して力強く生きてゆかれるよう願っております。