大徳寺大慈院

大慈院 | 天叔宗眼

天叔宗眼和尚


大慈院開祖

(前住當山特賜佛國大安禅師大和尚)

大徳寺129世 丹後の人 怡雲宗悦(瑞峯院)の法を嗣ぐ。号 土槐子 寶叔子
元和6年(1621年)2月21日遷化 89歳 佛國大安禅師

 

天叔号

師匠の怡雲宗悦から認められ、「天叔」という和尚としての名前(道号)を授けられたもの。
 

 

 

天叔宗眼

 頂相賛

 

千醜千拙 貌古眼昏 荷擔仏祖
恵名截断 衲僧脚根 行棒則雨
点下喝則 雷奔法社 奸賊禅林
悪寃横膝 竹篦打花 □月満肚
荊棘堅帯 深根瑛禅者〃〃〃
目撃道辛辣手段 拳□一拳二
倒活機関 躓越一躓〃翻 阿阿
〃滅却正宗白拈賊 不伝〃的
□児孫 喝
瑛禅者写 余□質清賛 書
以塞白焉
慶長十一禩丙午小春初四日
前大徳天叔叟宗眼 

 

天叔和尚の書

僧問古徳  如何是吸
毛剣    徳云楊妃
下玉楼 

天叔叟八十九歳書 

 
禅問答が書かれた天叔和尚の書です。
 
修行僧が師匠に問いかけました。
(触れただけで毛が切れるような鋭利な)
吸毛剣とはどのようなものでしょうか?
 
楊貴妃が美しい御殿を歩いてゆく、
と師匠は答えました。
 
天叔老八十九歳書く 
 

 

佛國大安禅師諡号

 

慶長17年(1612年)8月13日 

後水尾天皇より、特賜佛國大安禅師の禅師号を賜ったときのもの。
天叔宗眼和尚は生前に諡号を賜っており、本堂前に植えられている胡蝶侘助の椿の樹もそのときに賜ったものと伝えられています。

 

天叔宗眼

遺偈

 
吸毛磨尽
八十九年
一機膂轉
指地為天
    喝
一立珍重
元和六甲二月廿一
     宗眼
 
元和6年(1620年)221
天叔宗眼和尚が89歳の生涯を終える日、ご自身の心境をしたためた漢詩です。
 

 

大徳寺 綸旨

 

天正13年(1585年)8月25日

天叔宗眼和尚が大徳寺の住職を朝廷より命ぜられた綸旨です。灰色の薄墨紙という紙に書かれています。綸旨は漉き直しの昔の再生紙に書かれていることが多いのですが、これも薄墨紙に書かれています。